芥川龍之介の短編小説「蜜柑」(大八・五)と「葱」(大九・一)について、文芸構造上の相違点・類似点を確認し、第三短編集『傀儡師』(大八・一)における達成の後、手法・作風を拡大しようとする芥川文芸の試行の一様相として考究する。「蜜柑」と「葱」は、一見したところでは印象・感触が全く異なる作品であるが、作中人物の造型や現実忌避・実生活嫌悪の性格など、類似する趣向がたしかに認められる。共通する基底を有しながらも、異なる制作アプローチを採用したところに二作品の印象・感触の違いが生まれている。作品の表題が、作品のあり方を象徴的に表すものとなっているのである。