いわゆる「ほねつぎ」として一定の臨床経験を持つ柔道整復師は、肩関節脱臼の治療、とりわけ整復に難渋した「修羅場」を経験していることが多い。本研究では、柔道整復師の中でも「ほねつぎ」としての高度な専門性を持つ熟達柔道整復師 expert judo therapists による肩関節脱臼の難渋症例に関する語りanecdotes に着目し、その語りを記述することを目的とした。対象とした複数名の熟達柔道整復師は、いずれも肩関節脱臼の整復難渋(もしくは不成功)例を経験していた。軟部組織の嵌頓が疑われた例、整復手技の失敗例、患者が特異な基礎状態であった例、合併症による整復困難例など、いずれも一回起性の高い経験の語りが展開された。また、その経験後、肩関節脱臼をはじめ施術に対する自信の喪失経験を語る者が複数存在した。「脱臼の整復はゼロか百か」といわれるように、特に肩関節脱臼のように遭遇する頻度が高い外傷は、整復の成否が柔道整復師のアイデンティティに直結する可能性がある。本発表では、熟達柔道整復師による一回起性の高い経験のアーカイブ化の一環として、彼らの肩関節脱臼の難渋症例に関する語りについて紹介した。